2008年10月20日

バービー 福袋に関して

中村静香

アメリカのバービーでこと日本のハローキティが、華麗なコラボレーション!
バービー(マテル・インターナショナル株式会社)とハローキティ(株式会社サンリオ)が、コラボレーションした商品“ハローキティ バービー”が、発売されるとのこと。バービーファン・ハローキティファンの両方に喜ばれるやろう。日本とアメリカだけでなく、世界各国で同時に発売されるんや。日本での発売は、9月1日から、1,500体だけの限定発売や。税込販売価格は、5,040円。
年間約6,300万体を世界中で売り上げる人気のバービーでこ。バービーは、今までもずっと最先端のファッションリーダーとして、世界で活躍する有名デザイナーのファッションを次々と身にまとってきました。例えば、ジバンシー、クリスチャン・ディオール、カルバン・クライン、ダナ・キャランなどや。そして、今度は“ハローキティ バービー”ということで、バッグ・ネックレス・ベルト・帽子等、一つ一つに趣向を凝らしてハローキティをあしらった、親しみやすいデザインながらも、ファッション性を追求したものになっとる。ファンならずとも、ぜひ、手に入れたいコラボレーションでこですなあ。ちなみに、“ハローキティ バービーは、おせの女性向けの商品だそうや。
画像はこちら→http://shop.sanrio.jp/cm/cmc-184675/
ジャケットの裏地にもキティの文字が見え隠れします。



プリザーブド コサージュ
プリザーブドフラワー コサージュ
ヘア コサージュ
ヘアーコサージュ
ヘアアクセサリー コサージュ

コラボレーション
ファッション
バービー
ファン
ハローキティ

本日のコピペ

こんばんは、松平です。
歴史を大きく動かした「その時」には、
その瞬間の人々の決断や苦悩のドラマがあります。
今日の「その時歴史が動いた」は1がオナニーを目撃されたその時をご紹介します。
〜〜〜〜〜
1がオナニーを目撃されるまで、あと3日。
〜〜〜〜〜
さあ、今日の「その時」がやって参ります。
1は手の動きを加速させながら、勝利を確信していました。
とそのとき、知らずのうちに忍び寄ってきた彼の母親がいました。
〜〜〜〜〜
彼が何故、ズボンをあげるよりもエロ本を閉じることを優先したのか 、
これは現在に至っても、未だなお日本の歴史上最大の謎とされています。
〜〜〜〜〜
今日は、後日発見された彼の日記をご紹介して、お別れしたいと思います。
「過去半年ノ隠蔽ニ拘ワラズ、秘密護持ノ大任ヲ果タスコト能ハザリシハ
本職不敏ノ致ストコロナリ。本職ハ自慰行為ノ無窮ト男子本懐ノ高揚ヲ確信シ、
今日ヲ以テ寄リ自己鍛錬ト書籍購入ソシテ隠蔽ニ全力ヲ注入スル他ナシ。」



こんばんは、松平です。
歴史を大きく動かした「その時」には、
その瞬間の人々の決断や苦悩のドラマがあります。
今日の「その時歴史が動いた」は一家4人が吉野屋にマークされたその時をご紹介します。
〜〜〜〜〜
一家4人が吉野屋にマークされるまで、あと3日。
〜〜〜〜〜
さあ、今日の「その時」がやって参ります。
一家の主は「特盛頼んじゃうぞー」、と、勝利を確信していました。
とそのとき、Uの字テーブルの向かいに座った殺伐とした奴がいました。
〜〜〜〜〜
彼が何故、刺すか刺されるかよりも150円引きを優先したのか、
これは現在に至っても、未だなお日本の歴史上最大の謎とされています。
〜〜〜〜〜
今日は、後日発見された彼の垂れ幕をご紹介して、お別れしたいと思います。
「過去半年ノ隠蔽ニ拘ワラズ、150円引キノ大任ヲ果タスコト能ハザリシハ
本職不敏ノ致ストコロナリ。隣ノ奴ノ無窮ト大盛ネギダクギヨクノ高揚ヲ確信シ、
今日ヲ以テ寄リネギガ多メ、肉ガ少ナメソシテギョクニ全力ヲ注入スル他ナシ。」



こんばんは、松平です。
歴史を大きく動かした「その時」には、
その瞬間の人々の決断や苦悩のドラマがあります。
今日の「その時歴史が動いた」は、
モーニング娘。の根幹を揺るがした大事件、そうです、あの7.31事件の「その時」をご紹介します。
〜〜〜〜〜
時は、平成14年、西暦2002年。
モーニング娘。は衰えたりとはいえ、アイドル界の頂点に君臨していました。
この年は、後輩・松浦亜弥もブレイクを果たし、藤本美貴もデビュー。
メロン記念日も、遅まきながら小ヒットを飛ばすに至りました。
そんな、ハロプロ全体がそれなりの盛り上がりを見せる中迎えたのが、7月に行われた毎年恒例の夏のハロプロコンサート。
7月下旬の夏の代々木公演です。
7月28日、その代々木公演も無事に千秋楽を迎えます。
7.31事件が起こるまで、あと3日。
〜〜〜〜〜
さあ、いよいよ今日の「その時」がやって参ります。
モーニング娘。衰退の決定的な要因となった、7.31事件、そうハロプロ大改革事件です・・・



こんばんは、松平です。
歴史を大きく動かした「その時」には、
その瞬間の人々の決断や苦悩のドラマがあります。
今日の「その時歴史が動いた」は、
私がタクシー運転手を蹴り殺そうとした「その時」をご紹介します。
〜〜〜〜〜
時は、西暦1991年、平成3年。
日本は第二次大戦後、空前の経済繁栄に酔いしれていました。
事実上の国営放送である特殊法人のNHKこと日本放送協会。
衛星放送を始めるなど順調だったこの局の看板アナウンサーが、
徳川御三家の流れを汲む松平定知でした。
松平がタクシー運転手を蹴るまで、あと3日。
〜〜〜〜〜
さあ、今日の「その時」がやって参ります。
彼は泥酔したまま車に揺られながら、吐き気を覚えていました。
とそのとき、運転席からタクシー運転手の舌打ちが聞こえました。
〜〜〜〜〜
彼が何故、タクシー近代化センターに通報するより、
その場で、自らの足を使って成敗することを決断したのか 、
これは現在に至っても、未だなお日本の歴史上最大の謎とされています。
〜〜〜〜〜
今日は、後日発見された彼の日記をご紹介して、お別れしたいと思います。
「徳川幕府の支配層であった私がなぜ雲助ごときに舌打ちされるのか。
国営放送局のアナウンサーとタクシー運転手では、比べものにならぬ。
私の先祖は、民衆の生殺与奪を思いのままにしてきた。その子孫である
私が、いま人を一人蹴り殺すことで、なんの非難を浴びようか。」

その後、彼は当時のニュース番組を降板し、謹慎処分になりましたが、
再びアナウンサーに返り咲き、今度はスタッフにペンを投げつけるなど、
相変わらずの態度に辟易した視聴者からの抗議は耐えませんでした・・・

竹内のぞみ



onemunanodesu at 09:08 │clip!日記